旅打ち紀行<さすらい>
そう考えた私は恐怖のあまり、その場から逃げ出すことも出来なくなっていたのです。
おもむろに設置された椅子に座り、私は気の向くままに機械を操作しました。
1000円札(現在の価値に換算して1000円程度)を一枚必要としました。
そのうちに私の手にヌルというイヤァな感覚が走りました。盤面を反射的に見ると駱駝が下に滑り落ちていきます。
戦慄が走りました。そして私はなんということでしょうか、メダルを一枚入れてレバァを叩いてしまったのです。
そして左のリールを止めようと身構える。
ああ! なんと奇妙な光景でしょう。誰もいない部屋の一角で一人の男が背中を丸め、
リールを止めようと身構えているのです。
もし気の弱い婦女子などがこの光景を見たならば、キャァと叫んで逃げ出してしまうのかもしれません。
決意して私は押しました。左の真ん中にピンク色で描かれた7が止まりました。
7が三つ揃いなんとも不思議な音楽が鳴り響きました。楽しくもあり、時にはオドロオドロしぃアラビアの音楽に合わせ
機械からは何色もの光が発せられ、それはまるで道化師の人形。そう、ゼンマイ仕掛けの道化師の人形のようでした。
そうしているうちに機械の動きが止まり、男がやってきて持っていた鍵をさしギリリとひねると機械の動きは
完全に停止しました。(その様子はまるで人形のゼンマイが切れたようであったことを付け加えておきます。)
恐怖で脂汗が吹き出している私をまたもやあのヌルという感覚が襲いました。
そして一枚掛けで7が中段に・・・、ああ・・・!あいつです。あの道化師のピンク色の唇がキューッとつり上がり、
こちらを見てニタニタと笑っているのです。
ピンク色の数字の<7>とばかり思っていた物は、道化師のピンク色に化粧を施された唇だったのです。
この奇妙で恐怖に満ちた時間をどれくらい過ごしたでしょうか。かすかに残る記憶をたどってみると、<BAR>と書かれた
ブロンズ色の銅像が現れたかとおもったら、サクランボと駱駝と月が目の前を何度も連続で通過していったりもしました。
気が付くと私はその店の前に立っていました。午後5時を過ぎてすっかり薄暗くなっており、店のネオンがきらびやかに光って見えました。
店にもう一度入ってみようと思ったのですが、思いとどまりました。
あの奇妙な機械はおそらくそこにはもう無いだろう、そう思ったからです。
涼しげな風が吹いており、私はなぜかとても清々しい気分になってその場を後にしました。
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